詩人の旅立ち

堀場康一


田村隆一さんが冥界に旅立って十一日後
巨匠クロサワの訃報が世界を飛び交った
マスコミは黒澤明監督のニュースでもちきりだったが
ぼくには田村隆一さんのことが心に引っ掛かっていた
詩人の死が映画監督の死に劣っているのではない
詩人の死より映画監督の死の方が商品価値にまさる
というべきなのだろうか
ある詩人は
最後の戦後派詩人を失ったと語ったが
ぼくには
最後の二十世紀詩人がライムライトから消えた
ような気がした
アルフレッド・プルーフロック然と
レインコート一つ肩にかけ
四千の日と夜をかばんに詰めて
荒地から忽然とあらわれた
垂直的詩人
しらふと酩酊を行ったり来たりした
用意周到な仕事師は
たとえハルマゲドンを目前にしても
アイガー北壁のように動ぜず
垂直に空を仰いで
金色のウィスキーを飲み干すだろう
世紀末を照射する 時空を超えた先達
田村隆一さんに
ありがとうの花束を捧げよう


付記

 田村隆一氏は平成10年8月26日、黒澤明氏は同年9月6日に逝去されました。
 この場をかりて、お二方のご冥福を心からお祈り申し上げます。
1999/01/06




 詩集『記憶のサラダボール』目次

 Copyright (c) Koichi Horiba, 1999