十 字 路

堀場康一


泡粒ほどの信念を飲み干し
ほおずきのような太陽を秋空に見上げ
流行遅れの歌謡曲を口ずさみながら
愛すべき女たちが一つ二つと年を重ねて行くさまは
歯痛よりやりきれないものだと口をはさんだとしたら

数千の人々の底なしの悲鳴がふっつり消え入った
ニューヨーク世界貿易センターのツインタワー倒壊現場を
テレビの前でくいいるように見つめ
ぽかんと口をあき あられをぱくついて
上がりつ下がりつの株式相場にいらだちを隠せないとしたら

アフガニスタンの住民や難民や戦場の兵士たちは
エンドレスワルツをかなでるだろうか

風が吹かなくても
風車を回さなくてはいけないことがあるように
のどが涸れ果てても
大声を張り上げなくてはいけない
そんな場面があるはずだ
で わずらわしいというのかい
オブラートで空元気をカムフラージュし
木魚をたたき蜘蛛の巣を張りめぐらし
ハロウィーンの仮装行列のように変身して
不釣合いな情熱をはぐらかそうとしても
使用済みペットボトルが洪水のように押し寄せれば
あたり一面リサイクルランド

そこできみは目をさまし手のひらを見つめる
どこで いったいどこで

見えないひとに見えないことばをつぶやく
足取りの不鮮明な十字路
とろけたアスファルトが背中を這い上がり
胸元が泡を吹いてふやけていく気分
ざらざらになりかけた思い出は
ぼくの心をあてどなく潤してくれる
モノクロームの無邪気な旋律だ

いっそ陣中見舞いといこうか それとも
名鉄神宮前のスターバックスコーヒーで一休みしようか

歩道橋の上で旋回する音のない風景
横断歩道のかたわらでアイドリングする車の群れ
ぼくは人を鼓舞する術を十分弁えているわけではないが
無造作に手を差し出した中年仲間と
くもりガラスの就職事情について語り合うだろう

(2001/11/08, 2001/12/04)




 詩集『記憶のサラダボール』目次

 Copyright (c) Koichi Horiba, 2001