安土城跡

堀場康一


近江の田野にぽっかりと浮かぶ安土山
山裾から見上げると存外なだらかだ
容易に頂(いただき)に届きそうな気がして
安土城跡の入り口から登りはじめたが
どっこい そうではなかった
大手道の石段が直線状に続き
やがて左に折れたり右に曲がったり
いそがしく場面が転換する
あちらこちらに往時の生活を偲ばせる屋敷跡
次々に立ち現れては行く手を阻む城壁や門
安土城を築いた信長が家来たちと
城取りゲームを楽しんでいるのだろうか
不思議な気持ちにおそわれながら
ぼくの足取りはしだいに重くなる

ようやく天主台跡に辿り着くと
礎石が碁盤の目のように行儀よく並んでいる
その上に五層七重の天守閣が聳えていたというが
かつての面影はない
信長が本能寺の変で斃れてまもなく
炎上し焼失したという
天主台跡の高台に上がると
琵琶湖や比叡比良の山並みが遠くに一望できる
信長が絢爛たる天守閣の上で思い描いた夢は
今も小舟のように湖上を漂っているかもしれない
あれから四百年余の歳月を経て
雑草の生えた城跡にぼくは佇む
清澄な空気がいちめんに垂れ込め
ぼくは想像の世界から現実へ舞い戻る



付記

 1993年夏に琵琶湖周辺を母と旅したときに、安土城に立ち寄る機会がありました。そのときの印象をもとに、安土城跡の詩を作りました。
 訪れた当時は織田信長の城だというイメージがあまり湧きませんでした。信長や秀吉の時代に関心を抱くようになって、安土城にも興味をもつようになりました。
2004/01/05


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Copyright (c) Koichi Horiba, 2004