息 吹

堀場康一



滝が岩場を落つるがごとく
絵の具はながれ
風が砂地を撫づるがごとく
絵筆はすべる
記憶の彼方のおぼろげな風景が
いま襖絵によみがえる
グラウンド・ゼロの廃墟にて
心は悲哀にとらわれたが
希望を失うことはなかった
季節がアトリエにめぐり来て
作品を完成へ導いた
巧妙にしつらえた空間のなかで
龍の眼に朱が入れられ
新たないのちが芽生える
太古の息吹
一千年の明日に向けて
用意周到に書き残された
創作のレシピ
荷物を積み込み
燃料を満タンにして
箱舟のもやいを解くと
日常世界にかろやかに船出した



付記

NHK総合テレビ番組「七十七枚の宇宙 千住博と大徳寺聚光院別院のふすま絵 七年の制作記録」(2004年5月3日放映)を見たことが、この詩「息吹」を書くきっかけとなりました。
2004/05/06, 2004/08/12


詩集 助走路 目次

Copyright (c) Koichi Horiba, 2004