サイコロ
堀場康一
ある日 本屋に出かけたとき
『進路選択パック』を見つけた
価格は二千円
その程度で進路選択のヒントが見つかればありがたい
と思って買った
何の変哲もないパッケージで開けてみると
正四面体(正三角錐)を作るための
ボール紙と簡単な説明書が入っているだけだった
よく見ると正四面体の四つの正三角形にはそれぞれ
「前」「後」「右」「左」
とだけ書かれていた。
ぼくはさっそく正四面体のサイコロを作った
何のことはない
『進路選択パック』は正四面体のサイコロだった
サイコロを振り 底面になったところを見て
前へ進むか
後へ戻るか
右へ行くか
左へ行くか
決めなさいということらしい
昔高校の終わり頃
英語の単語帳や数式や年号暗記などで頭をひねり
うまく当たるようにおまじないを唱えたものだ
そのときこのサイコロがあれば
いつも「前」ばかり出ていたかもしれない
右を見る余裕も
左を見る余裕も
後ろを振り返る余裕もあまりなかった
ひたすら前をめざしていた
ぼくが大学へ入ったときは全共闘運動たけなわ
右か左か
前進か後退か
学生たちは日々選択を迫ったり迫られたり
いま思えば
とてつもなく大袈裟な演説やシュプレヒコールが
大学の構内や町の街頭を始終行き交った
ぼくは適当に挫折をやりくりしながら
勝ち誇るようなこともなく
いつしかオフロードをたどっていた
あれから三十年
ぼくはいま人生の交差点にいる
手元のサイコロには
「前」「後」「右」「左」が記されているだけ
ほかにはなにもない
ぼくはライブペインティングのように
自分の人生を描き 演じたいと思った
他人に見てもらい 聞いてもらうことで
自分の人生がいきいきとするかもしれない
交差点を渡り終えたら
一度サイコロを振ってみよう
後悔することはたくさんあるが
過去を振り返る気はもうないから
こんどは「前」が出るように祈っている |