すすり泣き

堀場康一



愛するという行為が遠い過去の遺物なら
なにをいしずえとしてわたしは生きていけばいいのだろう
愛するという行為のかけがえのないよろこびときびしさは
だれに問われることもなく
力尽きた地上の光が弱々しくふりそそぐ
鉛色に塗りこめられた海の底に
重苦しい表情でただよっている
愛を忘れたカナリヤたちのうつろな姿を見かけるたびに
わたしの心はかき曇り 悲しい旋律をかなでる

日々の糧を創造することをおこたり
浪費しもてあそぶことに身をやつし
人を愛することより
人を傷つけることに生きる意味を見出している人々に
ああ 何と言えばいいのだろう
迷いの深い闇に足を踏み入れ
もはや抜け出すすべもなく
みずからの正当さをひけらかし
みずからを過信してやまない人々に
ああ 言うべき言葉はあるのだろうか
語るべき言葉はあるのだろうか

冷たい秋の雨がふりかかる窓際にひっそりとたたずみ
悪霊の行き交う町々のあたりをおずおずとかいま見るとき
わたしの心には深い悲しみと絶望があふれ
いたたまれなくなった希望は
うしろめたい思いにかられて
さびしげに光を放っている

どうかこのわたしに尽きることのない愛を
たとえほんの少しでも分ち与えてください

騒ぎがしずまり いつものように静寂が訪れると
からだのあちこちを掘り返されて傷ついた道路や
有害なけむりを食べすぎて寝たっきりの煙突
かたちや色の同じ仲間が町じゅうにあふれて
始終目をまわしている自動車 それに
あてもなく町かどに立ちすくむビルディング
悠然とした都会に群れをなす
生命(いのち)のない生き物たちの
経をあげるようなすすり泣きが
どこからともなく聞こえはじめる
かれらのすすり泣きは
永遠の悲しみを背負いこんでいるかのようで
いつしか巨大なうねりとなり
夜闇を越えて世界じゅうに響きわたる

付記

 この詩「すすり泣き」は、同人誌「地平線」5号(1974年1月発行)に投稿、掲載してもらったものです。
 この詩を書いた当時と現在では社会情勢がずいぶん変わりましたが、この詩に対する思い入れとともに、ここに収録します。
2006/06/13


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