ノ ッ ク

堀場康一


雨が降りそうだから傘を持って行こう
とか
雨が止むまで待ってみよう
とか
ぼくらの日常を支配する
ありふれた会話
思い
抜け出そうと試みても
お掃除ロボットのように追いかけてくる
観念
長距離リレー
表通りに辿り着くと
とぎれとぎれに聞こえてくる
エンジン音
日常神話
パンタグラフが背伸びしても
届かない愛がいくつもある
ぼくはスポーツカーをやりすごしつつ
今日の天気予報を調理する
一瞬希望的観測のオブラートが
包丁の切れ味を鈍らせる

ぼくは宣言する
ぼくらと共にこの町はあり
ぼくらの里程標は
明日へのプラットフォームを照射する
そして滑り込んだホームベースの彼方で
優しさは身を横たえ
夢の中で自明であったものが
目を醒ますと朝靄に消えて行く

通勤電車に揺られながら
かたかたと音を立てる
自立への扉
きみはノックしたことがあるか



 詩集『ボストンバッグ』目次

 Copyright (c) Koichi Horiba, 1996