だぶだぼ
堀場康一
だぶだぼと呼んでくれ ぼくのことを
だぶだぼと呼んでくれ 町でみかけたなら
ぼくの見た町はこんなだったか
噂話のつきない週刊誌界隈 安売合戦
やむことのないエンジンのひびき
路上にこだます音楽 飾り窓
得体の知れない単調な音
ぼくの歩いた町はこんなだったか
かつて出会った場面がいまも存在したり
日ごと塗り替えられてゆく建物地図
継ぎはいだアスファルトの道路
名前を失った地下広場
ぼくの憂愁は風化することも散佚することもなく
齢を重ねても少年時代と代わり映えしないが
ここに広がるのはたしかに ぼくらの町
派手なのや控え目なのや風変りな店が
工夫をこらし着飾り軒を連ね
思いおもいの空間を作りだす
欲しいものが手に入らなくても
待ちぼうけをくわされても
頭にくるほどのものじゃない
決して慰められるというわけではないが
どこに足を踏み入れても
どこにふらりと訪れても
そこはかとない実在感にひたれる町
息詰まる光景に出くわすことは滅多にないし
人ごみから荒々しい叫びが湧き起こるのは
珍しくなったけれど
ぼくの脳裡にはなぜかやさしく映る町
そこでぼくはいくつもの人生を目撃する
たちどころに視界から遠のいていくものや
思い出のなかにくり返し姿を現わすもの
あるいは目の前でくり広げられる新たな劇
ひからびた心を潤すには物足りないものでも
知らんぷりして通りすぎるには
ちょいと勿体ない雰囲気 舞台装置
ふわふわしてもやもやして
これは病のしるし?
気のおけない見世物?
ディスコサウンドには乗りにくいが
逆立ちするほど捨てたものじゃない
古めかしい恋の歌をぼくは知っている
昼下がりの裏通り
子供たちのはしゃぎ声を背景に
かろやかにすべり出すイントロ
ときおり胸元にくい込むのは
楽器たちを圧倒するバイクのうなり声
日がかげり やがて暗転
絡み合う和音 季節外れの即興
モッキンポット師の奔走むなしく
心もとないフレーズが先行し
除夜の鐘の余韻とともに茫洋と幕を閉じる
躁鬱ぎみの歌
たとえば寝静まった家々の屋根を
はてしない思いが光のごと駆けめぐり
めざす家に辿り着くと何度も旋回してから
ひんやりした木の扉を叩きはじめる
扉はびくともせずがっしりと構えたままだ
気が滅入り息を吸うのが億劫になり
思ったより大変だという意識があとに残る
それは夜更けの環状線に幻となって尾を引き
いつか雑踏のなかでふいによみがえる
とどかないところにとどかない人がいる
というのはひとつの発見ではあったが
生活範囲の限られているぼくらには
自明の事実だったのかもしれない
遅れてきたのか世界が違うのか
それとも物分りがわるいのか
立ち止まることのない人に
ささやかな祈りをささげ
こぼれくだける思いを
灰色の空に塗り籠め
ぼくは町角に立つ
これから大道芝居が始まるわけではないのに
UFOが高層ビルに浮んでいるわけではないのに
あちらこちらで型通りのパントマイムが繰り返され
ぼくのまわりにうつろな時間がただよう
にぎやかな未来とひそやかな未来が頭上で交錯し
足元を生暖かい風が吹き抜ける
ひとりの女性が町じゅうのブラウン管から
姿を消す日
ぼくはいつもより早起きして
好物のトマトジュースを飲む
そして
読みかけの本とノートとスケッチブック片手に
人影のまばらな朝もやの大通りにたたずみ
はりつめた空気をからだいっぱいに吸って
演じられた数々の場面と素顔といっしょに
日のゆれるはるかな地平線に心をひらめかすだろう
たとえ生誕の時を顧みることはもうないにしても
だぶだぶでもだぼだぼでもなく
だぶるすでもだぼはぜでもなく
だぶだぼと呼んでくれ ぼくのことを
だぶだぼと呼んでくれ 町でみかけたなら
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