日の出まで

堀場康一


むらがる風
とけあう空
原っぱの向こうで
ゆれるアパートの明り
傍らを電車が駆け抜け
とおざかる季節
消えのこる影像

『流沙』の二人の主人公が再会するのは
たしか二年半ののち
砂漠の遺跡
銅貨の表裏くらいのすれちがいを盾に
あきれかえるくらいの日月
こちらとあちらで頬かむりして
忘れようとしたり
思い直してみたり
ピアノと考古学が
離れたりくっついたり
たどりついたところはどうやら
世界の始まり
にぎやかなバザール

淡い期待が暗がりにまぎれ
とうめいな声が耳元でささやけば
歩調はうなじの方へずれてくる
ジグソーパズルから抜け出したみたいに
もどかしさがふと頭をもたげ
取返しのつかない気分にさそわれても
筋書だけは事もなげに進行する
不思議

日の出まで五時間と少し
つぎはぎだらけのシュプレヒコール


付記

 詩に登場する『流沙』は井上靖さんの小説です。(井上靖著『流沙』上・下、毎日新聞社、1980年刊)
 この詩は『流沙』の感想文のような形で書き始めました。
 あらためて詩をみると、「凍れる愛」がくりかえし登場する『流沙』の世界から抜け出そうと、もがいている自分が、そこにいるような気がします。
 当時は横浜の戸塚に住んでいて、通り過ぎる電車(横須賀線・東海道線)の音に耳を傾けながら、この詩を書いたものです。
 ちなみに、この詩が出来上がった日、1980年7月19日は、
 日の出…4時39分
 日の入り…18時55分
でした。

2004/10/10



 詩集『ボストンバッグ』目次

 Copyright (c) Koichi Horiba, 1996