タイムトラベル
堀場康一
ぼくがこの町で出会うものは
空虚な都市の咆哮ばかりではない
雨あがりのひっそりした街並みに
かろやかな日常の鼓動がひびきわたることもあれば
子供たちのおずおずしたしぐさに
ほのかな未来の芳香がたちこめることもある
人びとのざわめきが路上をはいまわる時刻を迎えても
ぼくの思念が足音にまぎれないように
夕もやをすりぬけるガラスの着物で扮装して
往来にとけこんでいよう
喉元の小さなマンホールから吐き出される
もっともらしいせりふの列に
きみは軽くからだをよじり
思い出したように腕を重ねて
過ぎゆく時間に耳を澄ますかもしれない
一日のつとめを終えた太陽が
赤茶けた海とたわむれる姿はなるほど
心ひかれる情景にちがいないけれど
きみの大きな存在の前では
色あせてみえてくる
ひとりよがりな振舞いできみを惑わすつもりはないが
ぼくを取り巻く淡い海綿のような空間は
けっしてどよめかず
いつもかしこまっていて
ちょっと手をふれようとすると
袂をひるがえしよそよそしい演技をくりかえす
そこは知識や人情の近寄りがたいところで
いまだ成就しない出会いたちが
夕暮の遊歩道ではちあわせ
明日の空模様について話している
ぼくはさめかけたコーヒーを口に運びながら
忘れようとしたものを取り戻そうとして
ありあわせの観念の道具をたよりに
タイムマシンをいじくってみる
するときみの影絵がまわりをめぐりはじめ
しだいに勢いを増しとめどない流れが湧き起こり
ひからびた道路へあふれだす
おとぎ話で想像していたよりも
はるかに大きな波が町中をおとずれて
やがてぼくらを飲みほす
はてしない反復と猶予ののちにぼくは
世界の生れ変る風の音を聞いたわけではない
ビルの立ち並ぶ無彩色の町にいつしか
のどかな話し声が舞い戻る
目にしみる朝の日ざしを浴びたなら
きみはふと頬をゆるめるかもしれない
さて何からはじめましょうか
窓際でささやかなためらいが渦を巻き
ぼくの輪郭がサンダルをはいて
物思いに埋もれる色づいた路地をさまよう
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