景 色
堀場康一
ぼくの行く方には
過去もなく
未来もない
ぼくのからだが
たたずんでいる
ぼくはちりだ
空気を吸い
野菜や肉や魚を食べ
ことばを反芻する
ちりだ
あつくもなく
つめたくもない
ためらいがちなぼくは
ぼんやりとあたりを見回す
ふくろうたちが
すやすやと眠っているあいだ
ぼくはビルにかこまれて
煙たちとたわむれる
きめられた時間に
きめられた場所で
きめられた仕事を
ぼくはくりかえす
(ありふれた人生
と吐き捨てるように言う人もいよう
さよう ありふれた人生だ)
子供たちや大人たちが行き来する
アスファルトの道路は
ぼくの歩きなれた道だ
ぼくの足はいつのまにか
家に向かっている
ぼくをとりまく町のにおい
歌やまぼろしや詩や
芝居や文明や科学やの
さまざまな出来事が
あわただしく行き交う
この地上がぼくのすみかだ
ぼくはありとある空想をめぐらした
ありとある世界を歩きまわった
ありとある出来事を体験した
そしていま
はてしのない道ゆきのただなかで
ぼくは断言する
ぼくのからだ
それがぼくのすべてだ
ぼくが机にむかうと
ぼくの前に本がある
ぼくがふりかえると
ぼくの後に本がある
ぼくはことばを覚える
ことばを吐き出すために
ぼくはことばを覚える
ことばを忘れるために
ことばをすべて忘れおえたとき
はたしてぼくは
生きているのだろうか
それとも死んでいるのだろうか
いつかぼくのからだが動かなくなると
ぼくはしめやかに燃やされて
煙と灰と骨になる
ぼくのからだは藁くずだ
ぼくのからだは石ころだ
夜がふけてくると
子供たちがからだを丸くするように
ぼくはふとんのなかに入り込む
しずかなひととき
ぼくは眠るのがすきだ
ぼくの行く方には
始まりもなく
終りもない
ささやかな生活が
うちつづく
ささやかな生活
とぼくは言った
そうだ
ささやかであること
それがぼくの礼節だ
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