アレン・ギンズバーグに

堀場康一


センチメンタル・ブルースは
今も歌っているのですか
アレン・ギンズバーグよ
センチメンタル・ブルースを
ニューオーリンズ発の貨物列車に
ぽいと放り込んで
ロッキーの山の奥にそっと埋めてこよう
あるいはミシシッピの河底に
コロラドの峡谷に
安らかに眠らせておこう
そしてニューヨークでサンフランシスコで
ロンドンでプラハでモスクワでマドリードで
アテネでベルリンでアムステルダムで
パリでローマでサラエボでシドニーで
ハバナでサンパウロでブエノスアイレスで
サンチアゴでヨハネスバーグでサイゴンで
コザで北京でソウルで香港でバンコクで
ジャカルタでニューデリーで東京で札幌で
エルサレムでカイロでベイルートで
アルジェでナイロビでイスタンブールで
世界じゅうの町や村で
燃え上がる太陽のうたを歌おう
光かがやく大地のうたを歌おう
心という心の秘められた情熱を
肉体と魂のまぶしいかがやきを
銀河の白い糸でアンドロメダを紡ぎながら
宇宙のゆらめきにあわせて歌いつづけよう

アポリネールの墓の前に
いつまでもたたずんでいないで
ローズおばさんやジョーン・バロウズの
思い出にふけっていないで
エリ・エリ・ラマ・ラマ・サバクタニ──
神様を苦しめ悩ませてばかりいないで
アレン・ギンズバーグよ

ときには狭い部屋のなかの
壁に刻まれた小さな文字
小さな傷
小さな穴
小さなしみ
虫の死骸
靴の泥
一本の髪の毛
今にも崩れ落ちそうな古ぼけた天井
押しつぶされそうなぼくのからだ
ときには買い物をしている女たち
泣きはらした赤ん坊の瞳
ビルの一室でペンを走らせる女たち男たち
機械油で手をまっ黒にした男の姿
頬を赤らめて雪投げする子供たち
道路を掘り起こし あるいは
トラックを運転する人たち
のんびりとビルの谷間を歩く人びとの姿
学生風の仲間たち
電車に揺られ家路を急ぐ人びとの群れ

もういちどおだやかに見回してみよう
もういちど目を上げ耳を澄ましてみよう
もういちど地平線のかなたを見つめよう
空と海と太陽と生き物が
みずみずしく溶けあうところ
灰色の空気がすきとおった風と出会うところ

出発だ! 船を出せ! 帆を上げろ!
目を見張れ! あの島だ! あせるな!
舵を握れ! ためらうな! 傲るな!
からだを動かすな! 息をとめろ!
心を落ち着けよ! 力を抜くんだ!
権威を肩から落とし知識を脱ぎ捨てて
アスファルトの道路のうえに
からだを横たえていよう
いのちの果てるまで そのままじっと

ところでカール・ソロモンは
元気に暮らしていますか
ヒップスターたちはそれぞれの
新しい道を歩んでいますか
モーラックはもう息をひそめましたか
それともまだ荒れ狂っているのですか
アレン・ギンズバーグよ
ぼくらはセンチメンタル・ブルースを
やさしく抱きしめて
ぼくらの胸底にそっとしまいこみ
マイ・フェイヴァリット・シングズを
かなでながら
あふれでる未来の詩を描きはじめよう


付記 (堀場康一 記)

 ここに掲載した私の詩「アレン・ギンズバーグに」は、題名にあるとおり、米国の詩人 アレン・ギンズバーグに捧げたものです。と同時に『ギンズバーグ詩集』を読んだ感想文でもあります。

 アレン・ギンズバーグの長詩“HOWL”(「吠える」, サンフランシスコ 1955-56) は次のような書き出しで始まります。
 “I saw the best minds of my generation destroyed by madness, .....”
 「僕は見た 狂気によって破壊された僕の世代の最良の精神たちを ……」(諏訪優訳編『ギンズバーグ詩集』思潮社、1973年(4刷)、10頁、参照)。

 ギンズバーグはこの詩で、「僕の世代の最良の精神たち」をくり返し描きました。詩人にとって、彼もしくは彼女の属する世代の「最良の精神」を描写することは、一つの夢かもしれません。
 そのギンズバーグも、1997年4月5日、ニューヨーク市イーストビレッジの自宅で70歳の生涯を閉じました。
 そしていま私たちの前に、私たちの世代の「最良の精神」とは何か、という問いが残されています。

 ギンズバーグは詩の朗読(リーディング)を実践したことでも知られています。実際の朗読を録音したCDも出ています。いまでは日本でも、「叫ぶ詩人の会」や「詩のボクシング」などの活動を通じ、詩の朗読(リーディング)が脚光を浴びるようになりました。

 なお17行目に登場する「コザ」ですが、この詩の原稿を私が書き上げた頃(1974年2月)、沖縄にはコザ市がありました。それからまもなく1974年4月1日にコザ市と美里村が合併し、沖縄市として新たに発足しました。沖縄の社会が大きく動いた時代でした。

2004/09/20, 2009/10/11



 詩集『ボストンバッグ』目次

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