微笑みに
堀場康一
悲しみというやつに取りつかれ
男は何もかも当惑していた
何をやっても気が散って
思いどおりに行きそうもない
いくらかやけっぱちに振る舞ってはみるが
物事がうまく運ぶ見込みなく
ますますやる気をなくすばかり
こんなくらしに飽き飽きしたと言いながら
未練がましく人生にへばりついている始末
そんなふうに男はときおり自棄酒をあおり
ふてくされて生きていた
あの女に出会ったのがいけなかったのか
あれからおれの人生も変わっちまったな
すんなり忘れられそうもない
今さら手遅れさ
あれこれ愚痴をこぼしてはみても
悲しみはいっそう男の心を捉えて離さない
なぜか悲しみが胸の内にどっとあふれてくる
その不思議さに男は愛想を尽かしていた
汚れちまった悲しみに なんて洒落にもならない
おれはもっと悲しいんだぞ
などと気張ってみても
朝になればまぶしい太陽に何もかも忘れちまう
いい気なものさ
けれど町なかを歩きながら誰かと顔を見合わせると
人知れず悲しみがこみあげてくる
男はいつしか投げやりになっていた
そんなある日
男は悲しみとの格闘に疲れ果てたというような様子で
ゆっくりと腰を落ち着けると
ほんのり笑みを浮かべたのだった
あたかも悲しみよこんにちはと語りかけるような
優しい微笑みだった
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