風 見 鶏
堀場康一
さあ 手足をうごかしてみるがいい
きみの思いどおりに町を歩いてみるがいい
きっかいな夢を追いかけるのもいい
女たちや男たちとたわむれるのもいい
麻雀やパチンコやオートバイや車にふけるのもいい
詩や絵や小説や映画や芝居や音楽を
追求するのもいい 楽しむのもいい
色とりどりのネオンともる通りを
ふらふらと散歩するのもいいだろう
だが 宗教には気をつけるがいい
きみの神経をたぶらかし精気を吸いつくす
甘ったるい宗教たち
神の国やら涅槃やら永遠の生やら
来世やら成仏やら
悟りやら解脱やら罪の償いやらを
飽きもせず吹聴する
おせっかい好きな坊主たち説教師たちよ
きみらにお説教されなくても
ぼくらは人間を好きになったり
仲良くしたりできるのだ
キリストやら釈迦やら
謎めいた人物を持ち出しては
きまりきったわかりきったお題目をくり返す
権威好きなおひとよしたち
十字架のまえに跪いたり聖書をかじったり
座禅をくんだり念仏をとなえてみたり
日ごと夜ごとひまつぶしにあけくれる
すましこんだ禁欲主義者たち
きみらはほかに気を紛らわすすべを
心得ていないとみえる
きみらの魂胆はわかっている
きみらはことあるごとに救済をひけらかし
無信仰なやからは救われませぬ
こころから悔い改めなくてはなりませぬ
とでもおっしゃりたい素振りだが
どうして救われなくてはならないのか
ぼくは神や仏や 生や死やについて
およそありとある想いをめぐらしてはみたが
ようするにたいしたことではないのだ
ぼくらの生あるいは存在に
意味があろうとなかろうと
どれほどのちがいがあるというのか
この世が地獄なら
しかめっつらの閻魔さまと鬼ごっこしよう
この世が極楽なら
たくさん風邪ひいていつも寝込んでいよう
救われたいやつは救われるがいい
ぼくはぼくの足でこの世界を歩き回ろうとは思うが
神や仏にかかずらうひまは持ち合わせていない
それよりも
バスの騒音に頭を悩ませるほうがましである
ごきぶりを追いまわすほうがましである
机をたたき頭をぶつけるほうがましである
ラッシュの電車でくたくたになるほうがましである
タバコの煙に気分を悪くして人知れず逃げまどうほうが
ましである
サラリーマン稼業にあけくれるほうがましである
あてのない恋にやりきれない思いをするほうが
ましである
眠れない夜にノイローゼになるほうがましである
公団住宅はたぶん当たらないだろう
物価はいつになったら落ち着くのだろう
ピーナツをふところに入れたまぼろしの高官たちは
正体をあらわすだろうか
たまには仕事を休んでのんびりしたいものだ
あのひととほんとにあえるだろうか
おやおやぼくのくちびるがわめきはじめた
ぼくの魂よ 用心せよ
怖じ気づくな 目をひらけ
からだをほうりだすんだ
ところで科学者たち
きみらはほくそえんでいるようだが
きみらのやっていることといったら
調子のいいままごと遊びじゃないか
あのデカルト以来ゆうに三百年はたっているというのに
いまだに素粒子のふるまいも時間や空間のしくみも
はっきりとしちゃいない
ニュートンやらローレンツやらアインシュタインやら
プランクやらボーアやらハイゼンベルクやら
あれやこれやとものものしい連中が
きみらの年代記に名をつらねてはいるが
どれもこれも五十歩百歩だ
あちらこちらで成り上がりの弁舌家たちが
科学の成果をわめきたてるわりには
きみらのやることはのろますぎる
公害や環境汚染がはびこるのも
科学や技術の発展が追いつかないことに一理あるのだ
それとも 名誉や金とひきかえでなくては
やる気は起こらぬとでもいうのか
科学的発見や研究がきみらの仕事ではないのか
たしかにきみらもたいした物好きにはちがいないが
それなりの企てはあるやもしれぬ
知識を編み出し 技術を改良して
つぎからつぎへと世界を塗りかえていく
はてしのない魂胆があるのかもしれぬ
だがいったい
知識の究極はいつになったら訪れることか
適当なところで満足しろというのか
ぼくは何事にも耐えるすべを習い覚えてきたつもりだが
きみらのやることだけは
まどろっこしくて見ちゃいられない
ああ 科学よ 知識よ
さすらいの果て
相対主義の果て
ぼくは夢をみているのだろうか
夢なら夢でかまうものか
ぼくはある だからぼくはある
ほかに何があるというのか
何が要るというのか
たよりなくたっていい
あとは手当り次第に生きていくだけのことじゃないか
ぼくは文明人でも野蛮人でもない
人間たちと話をしたり騒いだりぼんやりしたり
生まれ死んでいくのを
おもしろがったりさびしがったり
犬や猫や草や花や石ころや
茶碗やラジオや時計や机や本やとたわむれてみたり
なんといえばいいのだろう
手に負えぬ現実主義者だ
ぼくはことばが過ぎたかもしれぬ
だが ときには見栄をはるがいいのだ
ときにはごまかしたりおどけたりするがいいのだ
ときにはなにもかもさらけだすがいいのだ
さあ サンダルをはいて夢のない町を歩こう
しゃがれ声が聞こえる雑踏のなかを歩こう
ほこりっぽい道路
しらちゃけたビル
点滅する信号
昼下りの商店街では
ショーウインドーをのぞき見しながら
おなじような恰好をした人間たちが
行ったり来たりしている
あのひとはどうしているんだろう
どこにいるんだろう
見えないからだ
見えないこころ
ぼくの頭をよぎるうつろなひびき
こうして世界はうごいていきなさる
こうして世界はうごいていきなさる
どーんともいわずしょぼしょぼと
どーんともいわずしょぼしょぼと
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