あ た り

堀場康一


さち子おばさんが言った
葉っぱも芯もなるべく全部食べるのが 野菜に限らず
食べ物たちへの礼儀というものよ
ぼくはあれこれ考えた
ほんのちょっと残しておくのが
猫たちへの礼儀じゃないのかな

ふと目をあげると あたりには
夕暮れの気配がただよっていた
買い物かごは忙しそうに飛び交い
食器はがちゃがちゃ悲鳴を上げる
台所からもれてくるおいしそうな料理のにおい
おなかのすく時刻
家々のあかりがともり
ぼんやりと空を照らす
食卓のざわめきはアスファルトのうえを這いまわり
働きつかれた道路たちと無邪気にたわむれる

倦むことのない世界
飽きっぽいぼく
熱いお茶を湯呑にそそぎ
しずかに飲みほす
ひんやりとした風が街灯たちとひそひそ話をしている
窓のそと 自動車のきしむ音
ラジオは威勢よくサックスを鳴らしつづける
眠そうな夜のにおい
透明なぼくのからだ
おやおや ぼくは魔法のじゅうたんにのって
空中を飛んで行こうというのだろうか

ミケの肩書きはネコ
ポチの肩書きはイヌ
ぼくの肩書きはヒト
ぼくはうしろを振り向き
青ずんだ背景にぽつんとすわっている
人形を抱えた少女の絵を
なにげなく見つめる

かぎりなく熱く
かぎりなく冷たい世界が
ぼくたちのまわりをゆるやかにまわっている



 詩集『ボストンバッグ』目次

 Copyright (c) Koichi Horiba, 1996